「 走 れ !  桃 子 」

東京都足立区 杉崎かおるさんのエッセイ 


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 この春、孫の桃子は中学生になった。運動会で、クラス対抗リレーの女子の部で走るのだと、母親の涼子が知らせてきた。連休後の五月晴れの午後、私はリレーの時間に合わせて応援に出向いた。

 小学校の運動会で、桃子が一等になったのを見たことがない私は、選手と聞いて驚いていた。
「桃ちゃん、バレエは得意だけど、いつの間に走るの早くなったの?」
 今日は平日なので、家族を代表して応援に来ている涼子に聞くと、
「驚いたでしょう、私だってびっくりしたもの。自分から立候補したって言うんだから」
「ええっ、ほんと?」
「桃子はね、五人の選手が一本のバトンを繋ぐことで、心が一つになれる、その喜びを味わってみたいらしいの」
「そう、素晴らしいじゃない。応援しなくちゃね」
 家族の応援は二人だけなので、おのずと力が入る。
「だけど、どっちを見ても、鈍足の家系よ」
 娘に言われ、私ははたと、自分が中学二年生のときの、辛く切ない村民運動会を思い起こした。

 昭和三十一年。「もはや戦後ではない」が流行語になった年であった。秋晴れの空のもと、村を挙げての運動会が行われた。村立の小学校と中学校が併設されていて、校庭は一つである。競技も終盤に入り、大人も子どもも先生方も、全員で木曾節を踊った。締めくくりは、八つの集落ごとに分かれて、小学生の部、中学生の部、大人の部の対抗リレーになった。

 私の集落には、中学二年生の女の子が三人いた。その中で一番足の遅いのが私だった。その私が、なぜか分からないのだが、リレーに出るようにと、世話役の小父さんに当日言われたのだ。

 困った私は、とにかくこの場から消えてしまえば、誰かがやってくれるだろうと考え、トイレに隠れていた。運動場からは、頑張れ、頑張れと大きな声援とともに、拍手や歓声が聞こえてきた。

 大分時間が過ぎて、静かになった。もう大丈夫だろうと、そっと、ドアを開けて出ていくと、そこに教頭先生が仁王立ちに立っていた。
「仲村、何をしているんだ。お前一人のために、皆が待っているんだぞ。早く来ないか」

 いつもの優しい教頭先生ではなかった。「お前一人のために、皆が待っているんだぞ」の言葉が、心にずしんと響いた。私は切なさと、恥ずかしさで、困惑しながら運動場へ向かった。

 既に小学生の競技が終わり、中学生の選手たちが、競技の続行を用意万端整えて、私を待っていた。

 スタートのピストルが鳴った。私の胸の鼓動は高鳴り、動揺していた。一年生の幸ちゃんが二番手で走ってきた。夢中でバトンを受けとり、力の限り走った。だが、後から走って来た二人に抜かれてしまった。あの日の切なさは、今も心に深く刻まれている。

 でも、桃子は自分から希望して選手になったのだから。

「どうしたの? お母さんの鈍足を、なじっているんじゃないから、気にしないでね」
 私の切ない想い出など、知る由もない涼子は、黙ってしまった私を気にしている。
「ううん、桃ちゃんの前向きな考え方というか、心を一つにするという考え方に、感動していたのよ」
「でもね、他の選手はどう思っているのかしら。放課後の練習では桃子一人が、バトン渡しの特訓を受けたみたいだから」
「そう、でも本人はめげてなんかいないんでしょ」
「そうなの、実は夕べも、私が特訓したの。だって、バレエをやっているからかしら、走るときに胸を張って走るから、何だか変だと言ったの。そしたら、本人がこれから外で走ってみたいって言うから。夜中に道路で練習をしたのよ。もう少し前傾姿勢で走りなさいと言ってね。とにかく、そう言っているコーチが鈍足なんだから、当てにはならないんだけど」
 娘が笑いながら言うのを聞いて、納得とばかりに、つられて笑ってしまった。

 さあ、リレーが始まる。桃子のクラスは、赤い鉢巻きだ。

 スタートのピストルが鳴った。一番走者は二番手で走って来た。
「よし、よし」
 ところが、二番走者は三番手に落ちてしまった。
「頑張れ」
 思わず声援を送る。三番走者が頑張っている。また二番手になった。次が桃子の番だ。
「どうしよう、大丈夫かしら」
 娘は、心配で仕方がない様子である。スムーズにバトンを受け、目の前を調子よく走っていく。
「桃子、頑張れ」
「頑張れ、桃子」

 二人の声援が届いたのか、抜かれることもなく、アンカーにバトンを渡す。アンカーは速い速い、一位を抜いてトップでゴールした。
「やった、万歳」
 手を叩きすぎて汗ばんだ掌が赤くなり、ひりひりしている。しばらく興奮が冷めないまま運動会は終了した。

 子や孫には、ときに親の悪い面ばかりが受け継がれるケースが多いと思っていたが、そうばかりではないらしい。

 帰路、私は晴れ晴れとした気持ちで、新緑の街路樹の下を歩いた。歳を重ね、幾つになろうと、前向きな気持ちが大切なのだと、桃子に感謝しながら。


自費出版図書館同人誌「黎明」より転載

次回は浜川靖代さんの「ハマっ子の思い出」(その四)をお送りする予定です。

(写真:埼玉県所沢市 古市欣生氏 6月24日鎌倉長谷寺にて撮影)




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中高年の「元気が出るページ」10周年記念会     (読者と執筆者の懇親会)のご案内



 いつも当ホームページをご愛読くださいましてありがとうございます。

 さて、当ホームページは今年8月で10周年を迎えます。これもひとえ
に読者の皆様と執筆者のお陰と感謝しています。この機会に、読者と執筆
者が一堂に会して、交流の集いを 催したいと思います。

 すでに予告してきましたので参加希望のお返事を頂いている方もありま
すが、改めてご案内いたします。


日時:10月17日(金) 午後1時30分〜4時30分

会場:日本記者クラブ
   東京都千代田区内幸町2-2-1日本プレスセンタービル9F

定員:40名ですが既にお申込頂いている方がありますので、          先着順10 名で閉め切らせていただきます。(必ずお返事 いたします)


予定会費:7千円(懇親会立食パーティー代)

ご回答は、下記メールアドレスに次の項目をご記入の上お送りください。

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       中高年の「元気が出るページ」
           編集人 村上芳信

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(写真:神奈川県横浜市 宮田靖匡氏 6月28日 箱根芦ノ湖にて撮影)

 

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